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IIBA日本支部のメルマガに理事コラム寄稿しました ★会社の看板を外した後、何が残るのか・・・

  • 執筆者の写真: 剛史 成田
    剛史 成田
  • 2 時間前
  • 読了時間: 9分


個人として仕事を続けるという選択


名刺から会社名と役職を消したとき、自分には何が残るのだろう。40代を過ぎた頃から、こんな問いがふと頭に浮かぶ人は少なくないと思います。役職定年、定年後の再雇用、若い世代への役割の引き継ぎ。まだ働ける、まだ誰かの役に立てるという実感がある一方で、会社を離れた自分にどこまで価値があるのか。心のどこかに、漠然とした不安もあると思います。

私自身もそうでした。

昨年、私は会社を辞めて起業しました。定年を待ったわけではありません。上乗せの退職金があったわけでもありません。それでも、年齢に関係なく、会社の看板ではなく個人として仕事を続けたい。できるだけ長く社会とつながっていたい。そんな気持ちが勝りました。

もちろん、会社に残る、転職する、副業を始める、地域で役割を持つなど、選択肢は人それぞれです。私が考えたのは、所属や働き方にかかわらず、個人として社会との接点を持ち続けるにはどうすればよいか、ということでした。

今は独立して、まだ一年余りです。何かを成し遂げたというより、毎日が試行錯誤の連続です。ただ、この一年で強く感じたことが二つあります。

一つは、経験やノウハウの本質部分は、業界や立場が変わっても十分に通用するということ。私の場合は、ビジネスアナリシス(BA)でした。もう一つは、経験や知恵を持つ人が、それを次の世代や社会へ返していく仕組みを、もっと自然に持てる社会にしたいという思いが強くなったことです。

金融から、異なる業界へ

私の会社員時代の仕事は一貫して、ローンやクレジットカードに代表される個人向けの金融分野でした。

新入社員として最初に携わったのは、メガバンクのカードローン関連システムでした。その後、プログラマー、システムエンジニア、ビジネスアナリスト、DXコンサルタント、社内研修講師と役割は変わりましたが、対象としてきたのは一貫して金融の世界でした。

会社員として最後に携わったのも、データ駆動型ビジネスを支えるクレジットカード審査システムのSaaS化でした。お客さま、営業、審査、システム、データ、リスク管理。それぞれが自分の仕事を正しく行っていても、つながり方が悪ければ、全体として良いサービスにはなりません。金融の現場では、その当たり前を何度も痛感しました。

独立後、私が関わっている仕事は、金融とはまったく異なります。商社、基盤系IT企業、AIコンサル企業に対するデジタル変革支援、営業支援、人材育成、ISMS・Pマーク監査などです。現在、金融分野の仕事は一つもありません。

正直に言えば、最初は不安でした。

一つの分野で長く会社員として仕事をしてきた自分が、会社の外、それも異分野で通用するのか。これまで評価されてきたのは、自分の力だけではなく、会社の看板があったからではないか。異なる業界で、本当に相手の役に立てるのか。価値を出せるのか。

ところが、実際に仕事を始めてみると、意外なほど仕事の軸は揺れませんでした。

もちろん、業界固有の知識は必要です。分からないことは学びますし、知ったふりをしてはいけません。しかし、業界が変わっても、課題に向き合い、変革を推進するための基本的な考え方やアプローチは変わりませんでした。

ビジネスアナリシスが問い直すこと

どの業界でも、最初に考えるべきことは共通しています。

「誰に、どのような価値を届けたいのか」「現場では、実際に何が起きているのか」「どこで判断が滞り、誰が困っているのか」「データや仕組みを変えることで、仕事や意思決定はどう変わり、どのような価値を創出できるのか」――などです。

そして私自身にも、「これらに向き合ううえで、自分はどのような価値を出せるのか」という問いが加わりました。関係者と対話しながら、目指す姿と、そこへ至る道筋を一緒につくる。こうした上流工程のアプローチや、変革を進め、組織を巻き込む力は、業種を問わず通用すると感じました。

IIBA日本支部の理事として活動する中でも、ビジネスアナリシスは、単に「要件を整理する技術」ではないと考えています。

変化の目的を明確にする。立場の異なる関係者が見ている景色をそろえる。そして、価値を生み出すために何を変革するのかを考え抜く。ビジネスアナリシスとは、そのための考え方であり、変革を実現するための実践です。

これは、DXも、AI活用も同じだと思います。

紙を電子化する、既存業務をそのままシステム化する。それだけで終われば、便利にはなっても、コスト削減止まりで、価値創出にはつながりにくい。業務の意味、役割分担、顧客との接点、意思決定のあり方に加え、人員配置を含む企業全体の仕組みまで見直す。そこで初めて、デジタル化によるビジネスモデル変革、すなわちトランスフォーメーションとしての価値が生まれます。

少なくとも私にとって、長い会社員生活で身に付けた強みは、過去の答えをたくさん知っていることだけではありませんでした。「何を問うべきか」「誰と話すべきか」「どこまでさかのぼって考えるべきか」等を見極める力、勘所でした。

ビジネスアナリシスは、会社や業界の中で培った経験を、別の場所でも活かせる力に変えてくれます。言い換えれば、経験を持ち運び可能にするための「型」なのかもしれません。

異なる業種に入ることで、これまでの経験が別の角度から役立つこともあります。金融で身に付けた、データの正確性、取引の裏付け、リスクを見落とさない感覚は、商社の契約・物流・会計が連なる仕事を考える際にも役立っています。

一方で、商社やAIコンサル企業の仕事を通じて得た視点が、これまでの金融の常識を相対化してくれることもあります。専門性は、同じ場所にとどまることで深くなるだけではありません。異なる世界に出ていくことで、厚みが増すこともあるのだと思います。

過去のストックを、今の価値へ

独立する際、尊敬するお客さまから言われた言葉が、今も心に残っています。「過去のストックで仕事をしていると、いつか枯れる。自分の経験やノウハウ、能力を磨き、生かし続けるよう心掛けなさい」という趣旨の言葉でした。

これは、過去の経験を捨てなさいという意味ではないと思っています。過去の肩書きや人脈、成功体験だけに依存せず、自分の経験を目の前の相手の課題に合わせて磨き直す。そして、新しい価値として相手に提供し、その実践から自分自身も学び続ける。そのことを言われたのだと受け止めています。

だから私は、DXコンサルティング、ビジネスアナリシス、伴走支援、人材育成など、自分の能力を使い続け、さらに磨いていける仕事を意識的に選んでいます。

経験を社会に「恩送り」する

もう一つ、独立してから考えるようになったことがあります。

それは、人生100年時代において、経験を持つ人が社会とつながり続けるための選択肢です。定年が近づくと、「条件を変えて今の会社に残る」「これまでの経験とはあまり関係のない仕事に就く」「悠々自適に暮らす」という三つしか、選択肢がないように感じることがあります。

もちろん、本人に「まだ仕事をしたい」「これからも社会とつながりたい」「誰かの役に立ちたい」という意思があることが前提です。その意思があれば、経験を必要とする場は、まだ多くあると思っています。

私は、先輩やお客さま、仲間から受け取った知恵や機会を、次の世代や別の業界、地域の人たちへ渡していくことを「恩送り」と考えています。

後進の育成、地域企業への伴走、現場改善の支援、研修講師、顧問、事業づくりの相談相手。必ずしも大きな仕事でなくても、誰かの困りごとを解決できる「恩送り」の場はあるはずです。しかし、経験を活かしたい人と、その経験を必要とする人とが、なかなかつながりません。「恩送り」の循環が増えれば、日本の働き方や地域のあり方が変わり、今の閉塞感も少しずつ和らいでいくのではないかと思っています。

こうした背景を踏まえ、今年6月、50代以降のセカンドライフとセカンドキャリアを考える小さな交流会を開きました。会社員、独立を考えている方、個人事業主、経営者など、さまざまな方が集まりました。

肩書きや会社での評価をいったん脇に置き、「これから何をしたいのか」「自分は何で役に立てるのか」を率直に話す。そのような場そのものに、確かな価値があると感じました。

個人として選ばれる力

会社の中で評価される力は、もちろん大切ですが、40代、50代、そして定年が視野に入る頃からは、「個人として選ばれる力」を少しずつ育てておく必要があるのかもしれません。

例えば、まず自分がしてきた仕事を会社の外でも伝わる言葉に置き換えてみてはどうでしょうか?

「部長をしていた」ではなく、「意見や利害の異なる部門をまとめ、変革に向けた合意をつくってきた」。「システムを担当していた」ではなく、「現場とITの間に入り、業務を高度化する道具としてのシステムに磨きをかけた」。「審査業務に詳しい」ではなく、「データと事実を基に、必要な人へ適切な条件で資金を届け、同時にリスクも管理できる仕組みをつくった」。

役職や業務名を、「誰の、どのような困りごとを解決できるか」という言葉に翻訳する。この作業自体が、自分自身に対するビジネスアナリシス活動だと思います。

そして、会社の外の人と話してみる。勉強会で経験を共有する。後輩の相談に乗る。地域や異業種の活動に参加する。小さくても誰かに価値を提供してみることで、自分では当たり前だと思っていた経験が、他の人にとっては価値になることに気付く場合があると思っています。

会社の中では意識してこなかった「個人として働く筋肉」を、会社にいるうちから無理のない範囲で鍛えていく。独立するかどうかにかかわらず、それはこれからの生活やキャリアを支える力になると思っています。

株式会社NaRiTaHubという小さなハブ

私は、こうした仕事と場づくりを、株式会社NaRiTaHubという小さな会社で続けていこうと思っています。DX支援や人材育成を行いながら、異なる世代や業界で培われた知恵が、次の仕事や新しい挑戦につながる「ハブ」になればいいなあ、と思っています。

会社名に「Hub」という言葉を入れたのは、人と人、経験と課題、世代と世代をつなぎたいという思いを、自分自身が忘れないためでもあります。

おわりに

会社の看板は、いつか外れます。

しかし、看板を外したからといって、それまで積み重ねてきたものがなくなるわけではありません。残るのは、仕事を通じて身に付けた能力、人とのつながり、失敗から得た知恵、そして、誰かの役に立ちたいという意思です。

何歳まで働くかということ以上に、何歳になっても、誰かの困りごとの解決に関われる状態でいたい。88歳になっても元気に仕事をし、社会とつながっていることが、私自身の目標です。

皆さんは、今の会社名や肩書きを外したとき、何が残るでしょうか。そして、これまで受け取ってきた経験や知恵を、誰に恩送りできるでしょうか。

(筆者:成田剛史/IIBA日本支部理事・株式会社NaRiTaHub代表)

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